馬が合いたい大学生

競馬の予想やレース回顧、現地での様子をつらつらと書いていきます

ある一頭の競走馬について

■グレイルとの出会い

 

私が競馬を見始めたのは、2017年の暮れ、それも大晦日に、友人からの誘いを受けて大井競馬場に行ってからになります。目の前で馬が走る姿、パドックや馬柱を見ながら思考すること、そして実際に賭けてレースを見ること、すべてが心を揺さぶる、最高の娯楽に出会った瞬間と言って良いでしょう。

 

地方、それも大井競馬場から競馬ライフをスタートさせた私は、年が明けてしばらく経った2018年2月11日、東京競馬場で初めての中央競馬参戦を果たします。その日のメインは「第52回共同通信杯」。その当時全く知識のなかった私は、それが3歳限定戦であることも、ましてやクラシックの前哨戦であることも知らずに、ただただ新聞を見て予想を始めました。

 

購入した新聞の一面には、一行、デカデカと

 

「グレイル、モノが違う!」

 

の言葉。どうやらGⅠ馬(タイムフライヤーのこと)を負かしたらしく、ここでは素質が違うらしい…。しかも乗り役はあの「武豊」ではないか!これは買うしかない!

 

ビギナーの考えなんてこんな感じで、私はグレイルを軸に馬券を購入しました。しかしまあ、結果はご存じの通り。グレイルは7着に敗れ、私の馬券もチリと消えました。この時は「1人気で負けた馬www」とバカにしていましたが、これが私と彼との最初の出会いでした…。

 

■春のクラシック

 

それからというもの、競馬に接する機会も増え、「クラシックとはなにか」「今週の重賞は何か」…と着実に知識を増やし、競馬沼へとハマっていき、4月に入って一冠目・皐月賞を迎えることになります。

 

私の本命はエポカドーロで、この時エポカとジェネラーレウーノのワイドを当てていたのですが、着順を見てびっくり。新たに岩田騎手を鞍上に迎えたグレイルは、上がり最速の脚を使って6着まで追い上げているではありませんか。友人とこの結果を見た私は、「ひょっとしてダービーで…?」と心を躍らせました。

 

そして迎えたダービー。私は青葉賞を勝ったゴーフォザサミットを本命としながら、グレイル絡みの馬券をしこたま購入し、画面の前に臨みました。結果はまあ…言うまでもないでしょうか。それでも私は、そして私の友人は「競争馬・グレイル」と心をともにしていたのでしょう。

 

■前哨戦の輝き、菊の惨敗から冬へ

 

迎えた秋初戦は、菊花賞トライアル・セントライト記念。彼が出走するとあり、私たち二人は当然のごとく中山競馬場へ。私は、(当時どこからそんな金を出してきたのか)グレイルのがんばれ馬券を各1000円、グレイルを含めた三連複BOXを握りしめ、レースに臨みました。

 

春から明らかにひどくなった出遅れ癖は変わらず、道中は後方からの展開。飛ばしたタニノフランケルらとの距離を見たとき、「ああ、捕まえるのは厳しいかな…」とさえ感じました。

 

しかし、直線に入ると、岩田騎手に導かれながらスルスルと内を抜け、アッという間に中団まで押し上げています。私は声を涸らしながら「岩田ァ!グレイル!」と叫び続けました。最後は、人気を背負っていたブレステイキングと並んだところで入線。ラジオ日経・中野雷太さんの実況が響く中、ストップモーションを固唾を飲んで見守ります。

 

1着・ジェネラーレウーノ、2着・レイエンダ、そして3着は…

 

「外から追い込んだグレイル!」

 

この声が聞こえたとき、場内の誰よりも声を上げ、誰よりも大きなガッツポーズをした自身があります(笑)。何度も、何度も叫び、「ありがとう岩田!」と天を仰ぎ続けたのは、それまで幾戦も見てきたレースとは違う、別格の感情が沸き上がってきていた表れではないかと思います…。

 

10月に入って菊花賞を迎えると、彼は穴馬として人気を集める存在になっていました。私自身も、「距離延長なら」「京都の外回りなら」と根拠を集め、またしてもしこたまグレイルの馬券を購入。当日はライブに行く予定があったので、ワンセグ片手に彼の走りを見守りました。

 

結果は…、詳細に述べるまでもないでしょう。殿から追走したグレイルは、直線でも末脚がはじけることはなく、10着に敗れてしまいます。しかし、セントライト記念で見せた末脚を忘れることはなく、ハーツクライの子どもなら来年また成長するはず、と切り替え、次戦の発表を待ちました。

 

迎えた2018年の6戦目、彼は初めて中京競馬場でのレース・中日新聞杯に臨みます。鞍上に津村騎手を迎えたグレイルは、モニターの前にいた私が思わず「えっ?」と声を出してしまうほど、“まずまずの”スタートを切ります。「これなら…」と思ったのも束の間、直線では右に左に全く進路を見いだせず。津村騎手の手もムチも動くことがないまま、13着と大敗を喫することになったのです。

 

■故障からの復帰、充実の秋緒戦

ほどなくすると、陣営からは年明け・AJCCへと向かうローテが発表されます。好走歴のある舞台での復帰戦に向け、彼はもちろん、私も友人も鼻息を荒くしてまっていました。

 

しかし、彼の復帰戦は春には訪れませんでした。捻挫の影響で、AJCCを回避することが発表されたのです。「しばらく見られないのか…」と悲しむ中、春のクラシックシーズンは過ぎ、季節はあっという間に夏競馬の時期へと突入します。

 

すると、頭の中から離れかけていたグレイルの情報が、突然飛び込んできます。

 

「グレイル(牡4・野中)は函館記念で復帰」

 

帰宅途中だった私は小躍りしたい気分になり、すぐさま友人に知らせました。「函館まで行こうかな?」「武豊が戻ってきてくれるんじゃないか?」と、尽きない楽しみに思いを馳せ、函館記念の特別登録が出るのを待ちました。

 

が、1週前の登録にグレイルの名前がありません。どうやら、賞金順で出走がかなわず矛先を福島TVオープンへと変えたようです。「なら仕方ない」「福島なら遠征しやすいな」と、彼の復帰以上に嬉しいことを知らないハッピーな我々は、すぐに気分を切り替えました。

 

迎えた福島TVオープン。鞍上に内田騎手を乗せたグレイルは、復帰前同様、なかなかに渋い出脚を見せてくれます。馬場の悪い内を避けながら迎えた直線、伸びてこそいるもののワンパンチ足らず、復帰戦は2番人気6着に終わります。

 

すると今度は、速い段階で次走が発表されました。

 

「グレイル(牡4・野中)はオールカマーへ」

 

その時点で、オールカマーの出走予定にレイデオロ、ウインブライト、リスグラシュー(出走せず)、スティッフェリオとGⅠ馬、重賞馬が並んでおり、私は「さすがに厳しいんじゃないか…?」という疑念を少なからず抱いていました。

 

ところが、彼は自身の走りで再び我々を魅了するのです。10頭立ての6番人気に甘んじたグレイルは、後方のインに着けると3コーナーすぎからスルスルと前進し、直線では先行集団を射程圏内に入れます。逃げ切ったスティッフェリオ、外から差し込んできたミッキースワローに続く3着争い、ゴール板前では内にグレイル、外にはダービー馬・レイデオロが並んで入線しました…。

 

このとき、私、あるいは私たちの頭には、昨年のセントライト記念がフラッシュバックしたことでしょう。ハナ差の争い、人気馬との競り合い、そして彼自身の低評価、すべてを払いのけて掲示板の3着に「4」が灯ったとき、こぶしを突き上げ、「戸崎ありがとう!」の声が、自然と口から出ていました。初手綱の鞍上からの期待に応え、彼は、またしても自分の強さを証明して見せたのです。

 

■待ち望んだ春は来ず

次なる舞台は東京競馬場でのアルゼンチン共和国杯と発表されると、私は彼を撮るため(と言っては少し過言?(笑))に一眼のカメラを購入し、レースに備えました。今まではパドックでしか撮影できなかった雄姿を、なんとか収めたいと思ったからです。

 

しかし、彼は再び戦線離脱を強いられます。骨折の診断とともに、「春に復帰。彼にとって良い休養になる」という野中師の言葉が発表され、彼に会うことを心待ちにしていた私は「良い休養なんてあるかい!」と思わずツッコんでしまいました(笑)。

 

それからというもの、秋のGⅠシーズンを楽しみ、浦和でのJBCも存分に味わった後、いよいよ年末のグランプリ・有馬記念の投票シーズンがやってきました。「待ってました」とばかりに、カ行から「ク」のカテゴリを選び、スクロールして…ん?グレイルがいない?

 

その時は「故障してるから名前がないのか」で納得していました。ところが、去る11月21日、Twitterのタイムラインに「グレイル抹消」の文字を目にすることになります。最初こそ誤報を疑ったものの、netkeibaの掲示板にも、グレイルで検索をかけたTwitter上にも、終いには次走報さんのツイートにもそれが表れ、私は観念するしかないことを悟りました。

 

好きな馬の引退はかくも辛いものか、と思いながら、今日も私は東京競馬場に赴きました。グレイル好きの友人とともに、「オールカマーがラストランになるとはなあ」「払い戻ししなきゃよかった」「引退したらどこに行くんだろうか」と、思い出やグレイルの今後について思いを馳せながら、半日競馬を楽しみました。

 

しかし、帰宅し、夕飯を食べて部屋に戻り、Twitterをチェックした瞬間、私の視界は井俊にしてくもりました。「グレイルが斃死って…」という文字列は、私に何万の馬券が当たることよりも、何千と欠けた馬券が外れることよりも、今までの数多の悲しかった出来事をも飲み込む感情を、私に浴びせました。

 

それからの数分は、必死にソースを探し、「斃死」という言葉の意味を調べ、なんとか現実に疑う余地がないかをさがしました。しかし、そのどれもが無意味で、ネット版の競馬ブックの抹消欄では、行先の書かれていないグレイルの名前と、「斃死」の文字だけがたたずみ、私を出迎えたのです。

 

■好きな馬に会うこと

1年半と少し、競馬とかかわってきた中で、競走馬の儚さを実感する機会はいくつもありました。今年も、年始のフェアリーステークスではアマーティが、POGで何度も話題にしたブルトガングが、復帰からGⅠを目指していたシャケトラが、その他数多の馬たちが、競馬というスポーツの潮流の中で命を落としてきました。

 

決してそれを甘く見ていたわけではなく、軽んじていたわけでもありません。しかし、実際に見てきた、それもひとしおの感情を込めて接してきた馬の死は、私たちに競馬の厳しさ、辛さをヒシヒシと痛感させました。

 

目の前に好きな馬がいる、その馬のパドックを、レースを見ることができる、そしてなにより無事に走り終えた瞬間を目撃できる。日々当たり前に起こっているこの事象が、どれだけかけがえがなく、どれだけ貴重のものであるか、身に余る幸せを味わえていることを、グレイルに教えてもらったような気がします。

 

どうか安らかに。空の上を自由に走り回っていてください。きっと、怖がっていたゲートをくぐることはもうないでしょう(笑)。ありがとう。さようなら。

 

 

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オールカマーパドックにて。いつ見てもカッコいい、見栄えのする体でした。